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2011年10月2日日曜日

萌えと総合政策のなさそうでありそうな関係(1) -総合政策学部にはニジゲンと聞いて2時限を連想するリア充が多くて在学中は苦労したってゆうか今でも苦労が絶賛継続中的な何か

「萌え」とは何だ。

「オタク文化におけるスラングとしては、主にアニメ・漫画・ゲームソフトなどにおける、登場キャラクターなどへのある種の強い好意などの感情」 ___Wikipedia

どうもしっくりこない。
高校にも行かず自宅を警備し、ゲーム、アニメに耽溺する生活を送っていた私は、いわゆる「引きこもり」としては日本最初期のサンプルであろうし、萌えに対する嗅覚も健常の人以上には鋭いと思われるのだが、この説明で自分の感情を解き明かされた気はしない。

萌えは曖昧模糊としているのだ。

曖昧模糊としたものは研究者の知的好奇心の対象であり、飯の種でもある。様々な研究者が寄って集って萌えを解明しようとしている。
自分の文脈で。

心理学の人たちは、現実の女性に相手にされない代償行為と説明する。
記号論の人たちは、萌えをアホ毛や猫耳に分解しようとする。
経済学の人たちは、新しい市場経済システムだ、と提唱する。

違う。
二次元こそは至高である。そこにリアルなど介在する余地はない。私の心の神殿には、スメラギ・李・ノリエガとC.C.しか存在しない。むしろ二次元で満たされない欲を代償するのがリアルである。
パーツに萌えはない。単体としてのアホ毛に欲情してたまるものか。
経済システムは恋愛対象ではない。

何かを論じるというよりも、むしろ自分の病気を告白しているだけの文章に思われてきたが、きっと気のせいである。
ここまででわかるように(うそである。私は基本的にうそつきだ)、萌えは非常に総合政策的である。単一の学問分野で扱いきれる問題ではなく、各分野の総力を結集して昇華しないかぎり、その本質を開帳することはないのだ。
では、総合政策的に読み解く萌えの本質とは何か。
(つづく)
岡嶋 裕史,1期生