総合政策同期の友人たち(2期94年入学)は、なぜ渡部がガルブレイスなのかと思うだろう。数学と経済が苦手で、経済学のテストで一緒に勉強した仲間たちが悉くAを取り、教えたはずの私がCを取るぐらい、「社会科学の中で最も科学的(数学的)」な経済は私にとっては鬼門とも呼ぶべき領域である。その後、数学と経済はだめだとこの領域に決別し、国際政治の分野に大きく舵をきったのも、人生初の一人旅をしたアジアでの衝撃的な出会いや別れとともに、実はこの総合政策1年の時のテストが影響しているのである。経済とアジア(含む日本)の女の子たちには、私はもはや全く歯が立たないと悟り、政治と国際関係を学びにイギリスに渡ったのは、総合政策を卒業した1998年、37歳の私にはすでに15年近くも前の話である。しかし、アジア金融危機の歴史的円安で激高な授業を支払ったイギリスで一番面白かった授業は、主専攻の国際関係論(International Relations)よりも、皮肉なことに副専攻の国際政治経済学(International Political Economy)のグローバル情報経済(Global Information Economy)という授業で、しかも、よりによって金融市場における格付け会社の研究をしている若手研究者によるものであった。かくして、私は数学と行き過ぎた実証主義(欧米の国際政治学の場合は数学か)を無能ゆえに切り捨てつつも、しかし市場と経済、そしてその分野を蠢く権威という問題にしばらく取り組むことになり、一昨年の国際政治学会でも今注目を集めている金融格付け会社の政治社会学的意味について考える、やや文学的な発表をさせていただいた。
そんな私が、当時のお子様な自分が読んでいたら、ずいぶんと経済(学)や社会に対する見方や考え方、そして怠惰な学習姿勢が変わっていただろうと思うのが、今日ご紹介する20世紀最大のアメリカの経済学者、いや性格には社会(科)学者と呼ぶべき、知の巨人(実際に背も大変高かったのだが)ガルブレイス、元ハーバード大学教授の書いた、この『ゆたかな社会』である。1958年に初版が出て以来、章の削除・修正や統計の入れ替えなど部分的に多数の変更が行われているものの、本人が書いているように主要な主張と議論の大枠は半世紀前から変わっていない。イギリス留学組の私がアメリカものを取り上げるのは実は珍しく、取り上げるとするとフランス人のように批判の対象として(例えば、ハンチントンの『文明の衝突』は、とてもガルブレイスと同じ大学の人間が書いたと思えないものである)ということが多いのだが、この本を読み始めた賢明な総合政策学部の学生であれば、すぐに「本当にこの本が50年前に書かれたのか?」という、その見識のアクチュアリティーに驚愕することであろう。(次回へつづく)
ジョン・ケネス・ガルブレイス著(2006/1998)『ゆたかな社会』岩波現代文庫(社会137)
J. K. Galbraith (1998/1958) The Affluent Society, Boston : Houghton Mifflin
渡部 淳 わたなべ まこと 総合政策・国際政策文化2期生
北海道文教大学 専任講師
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