(前回からの続き)
(前回-> http://fps-chuo.blogspot.com/2012/01/j-k-galbraith-19981958-affluent-society_29.html
「アメリカの思潮」(第5章)のあとに「マルクス主義の暗影」(第6章)を持ってくるのが、いかにもガルブレイスらしいが、それはガルブレイスが政策的観点からきわめて現実的に大不況とそれによる雇用の喪失が、最も避けるべきであるというほぼ信念に近い考えを持っていたからに他ならない。東日本大震災の後、「絆」や「頑張ろう」という言葉が多数聞かれたが、社会科学者なら今東北で一番必要なものが「雇用」であることは、すぐにわかる。「雇用の継続」をいかに維持するのか。ガルブレイスのこの意識が、マルクスの切り出し部分に現れている。それは、資本主義の発達に伴う貯蓄率の増大と利潤率の低下が、最終的に、いや資本主義の最初から、長期的には避けがたい大不況、あるいはその不況を避けようとする政府の過大な政策的財政動員の結果としての巨大財政赤字に陥るしかないとしている部分である。資本主義経済が、すなわち先進国経済が行き着く先は、間違って放って置くと、とんでもない不安定な不況か、それともこれまたとんでもない赤字国家財政のいずれかにしかならない…リーマンショック以後、未曾有の不況に見舞われている米国や、国債の格下げに血眼になって政治が対応する欧州、そして不戦勝の歴史的高値を誇る通貨の国が、不況からいまだに脱しきれないばかりか、1000兆円もの借金を抱えている様が、すでに100年ぐらい前のヨーロッパの髭面のオジサンによって分析されていることを、50年以上前のアメリカの(カナダ出身だが)巨人の著作が、膨大な量の中からバッチリと抉り出している…本物の古典の力とは、実に驚愕すべきものである。すなわち、古典の真の力量とは「通念」にとらわれず、それまでの古典の中から本質的な議論を見抜き選び出し、現在、そして未来に通じるべく洗練させ発展させていく力である。社会に役立つ(今、すぐに儲けを出せるという意味で)「即戦力」がもてはやされいてる時代だが、この不安定で不透明な時代に「即戦力」は一歩間違えると明日すぐにお払い箱になる恐れがある。日本は、戦力とも呼べない薄っぺらな「即戦力」なるシロモノを養成(したつもりになって)し、「想定外」の出来事に的確に対応できず、事態を見抜けず、しまいには政治が見栄を切り、産業と大資本は逃げを打つ。基礎を学ばず応用だけをかじった無責任なオトナの集団は、もはやまともな民主主義社会を構成するに足りない。若い学生の皆さんには、そう易々と「即戦力」にならず、将来必ず訪れる不測の事態にその場で考え行動できる真の「戦力」となっていただきたい。『ゆたかな社会』は、随所で現代の「明るすぎる」日本の社会認識を、東日本大震災とは違う形で揺さぶっているのである。
(次回へつづく)
ジョン・ケネス・ガルブレイス著(2006/1998)『ゆたかな社会』岩波現代文庫(社会137)
J. K. Galbraith (1998/1958) The Affluent Society, Boston: Houghton Mifflin
渡部 淳 わたなべ まこと 総合政策・国際政策文化2期生
北海道文教大学 専任講師
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